難産

「核論」読了。著者自身が後書きでも触れているように、この本が生まれるまでの道のりは険しかったように思う。
目次にそくして考えてみるに、

このあたりまでは、考察に余裕が感じられる。つまり、ある種距離を持って分析できている感じがあるのだが、
(完全に印象論だな)

以降は、なんと言うか冷静になるにはいささか同時代を生き過ぎているように思える。それはけなしているのでは全然なく、
同時代を批評する事に伴う思考の悪戦苦闘の表れであって、著者の誠実さの別名であろう。白黒を(あらかじめ)つけて裁くのではなく、
「現象」を読み解いていくこと、それは単純な不決断ではない。考え抜くということは、分かりやすい解決法を
提示することではなく、この場に踏みとどまることを強いることなのだ。しかし、われわれはやはり決断をしなければならない。
それは何なのか。この本が難産であったというのは「それ」のためではないか。